☆☆☆ 日本現代『必読書150』 柄谷行人 他

必読書150
柄谷 行人 岡崎 乾二郎 島田 雅彦 渡部 直己 浅田 彰 奥泉 光 スガ 秀実 / 太田出版
ISBN : 4872336569


 一冊を選んで買う。書棚からその一冊を抜き出す理由は何だろうか?著者やタイトルや装丁あるいは帯の宣伝文ということもあろうし友人の薦めに従うということもあるだろう。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。だが時間は鉄砲玉よりずっと貴重だ。それゆえブックガイドは(というよりなんであれ何かを選ぶ際にはガイドが)欠かせないと思う。多数の本を単純に並べたガイドを選ぶのも一つの手だけれど、オススメなのは自分の感性に近い人が特に思い入れのある本のリストを作り興味が持てそうなものから読むという方法。気に入ったならそこから派生して新たな方向に進みそうでなければ保留しておけばいい。

 僕はまだここまでの段階なのだけれども(自分の興味の拡大は十分にできる)自分の立場を固めたなら逆に自分の好みと異なるものをあえて選ぶという方法もある。これは視点を確立していないと批判のしようがないのでそれなりに高度な技術ではある。

 ここまで言ってきてこれから薦めるブックガイドはこういった自分の感性重視主義とは正反対の教養主義の権化とも言うべきもの。だがあえて薦めるだけの理由はある。

『必読書150』は王道路線の書物をプラトンの時代から集めたリストである。思想哲学と国内外の文学で古典が大半を占めるが時のふるいにかけられてなお残っているのにはそれなりの理由があると思う。夏目漱石も太宰治も三島由紀夫も村上春樹も原点は古典とも言えるのだ。教養的書物は「必読」とは言わぬまでも読んで損はないしまた自らが本当に読むべき本の宝庫でもある。次なるガイドへの橋渡しともなる。選者と選書に疑問は残るが類書を複数準備することでこうしたガイドものにつきものの欠点の大半はカバーできる。

 選者に作家も含まれた日本人によるブックガイドとして価値のある一冊。今後はこうしたブックガイドに半分くらいの重点を置いて更新していきたいと思っている。
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# by gogayuma | 2005-01-22 04:27 | 文芸/日本現代

「文学」者と「文」学者について

 すこし前に文学について考えさせられる出会いをした。

 (幽霊部員に近い)大学サークルの飲み会でのことだ。顔を合わせたのは2回目だったのだけれど前回は挨拶を交わした程度で初対面に近い。話を聞くとある大学を中退後に今の大学へ入学し、現在は学部生にも関わらず学会誌への論文投稿を積極的に行っていて教授との意見交換や議論も頻繁に行っているとか。話が文学方面へ移ると本領発揮。文学史的な知識は辞書並で、本人曰くウチの大学の教授全員よりも詳しいそうだ。驚いた。けれど、その凄さとは別に、彼が辞書以上の何かを僕にあたえてくれることは、ないように思えた。

 その人は一度目の学生時代は1日1冊を最低ノルマとして確実に実行していたそうなのだが(学年は同じだけれど実年齢は僕よりもけっこう上のようである)、飯を食うときも便所に行くときも風呂に入るときもそして歩くときさえも、常に本を読んでいたらしい。それはそれですごいことだとは思うけれどとても真似できないししたくもない。僕はやはり学者にはなれないと心から思った(実は一時期は学者になろうとしていた時期もあったのです。といっても文学者ではないけれど)。

 読書(=毒書)というのはカップラーメンをすすりながらできる行為では決してない。読書とは人生の楽しみの一つであり僕はその物語のただなかを生きることに喜びを見出す。それは現在の人生への不満解消ではない。「教科書を床に置くと成績が下がる」というような信仰でもない。単純に、新しい世界の中で新しい事物と出会う素晴らしい未知の冒険なのである。それには相応の準備なり環境なりが欲しい、要するにただそれだけなのだけれど、それを欲するかどうかは文学に対する決定的なスタンスの違いであるように思えた。

「文学」は好きだけれど「文」学は嫌いだ。こう思うのは僕だけではあるまい。
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# by gogayuma | 2005-01-22 04:25 | 日記・雑記

☆☆☆+ 小説作法『若い小説家に宛てた手紙』 バルガス=リョサ

若い小説家に宛てた手紙
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas‐Llosa 木村 栄一 / 新潮社


「新・それでも小説家になりたい人のブックガイド」で☆3つという最高評価だったのを覚えていて店で見かけたときに買っておいた本。読んでみたらとても面白かった。フォークナーやガルシア=マルケスといった読まなきゃと思いつつ手を出していなかった作家への足がかりとしていい一冊になりそう。

 内容はまっとうな小説論。独自の語り口で小説ジャンルの構造を分かりやすく説いている。作品名を挙げながら話が進むので読んでいない作品は分かりづらいこともある。記憶に残りにくいというか。でも小説ジャンルへの熱い想いが直球で伝わってくるから言いたいことはなんとなくわかる。創作をする上で大事なのは小手先のテクニックなんかでは決してなく根本的な構造の把握だということ。言われてみればあたりまえのことなのだけれど、それをあらためて気づかせてくれるという意味で良書である。作家志望者に限らず僕みたいな小説を心から味わおうとする人にも大いに薦めたい。

 p24「記憶を通して小説家にもたらされる素材を、言葉によって組み立てられた小説という客観的な世界に変容させること」が真の創作活動だといい、そうして作られた小説に最も大事なのは説得力だとする。説得力を持っている小説は読んでいながら読んでいることを忘れさせ、架空の物語世界が実在するかのように感じさせてくれるという。p64「すぐれた小説というのは大嘘に他なりませんが、そこに秘められているように思われる<真実>が作品からにじみ出してきたときに、本当らしく見えるのです」という小説観を出発点として話(手紙)は続けられる。そして実際に作品が説得力を持つのは作品内の諸要素がお互いにうまく働きあっているときであり、その要素とは、文体の適切さ(=一貫性と必然性)、語り手の視点(語り手の位置・空間の設定)、時間の視点(時間の流れ方・組み合わせ方)、現実世界に対する視点(現実レベル・現実との関わり方)、上記3種の視点の変化、入れ子箱(『千一夜物語』のようにあるエピソードの中で語られる別のエピソードという関係)、あえて隠されたデータ(空想による広がり)、通底器(前述した3種の視点のうち2つ以上が異なるエピソードの連結)、以上が全てであり知る限り語り尽くしたと述べている。

 リョサの努力型小説家像はP17「文学を志す人は、宗教に身を捧げる人のように、自分の時間、エネルギー、努力の全てを文学に捧げなければなりません。そういう人だけが本当の意味で作家になり、自分を越えるような作品を書くことのできる条件を手にするのです」という節に端的に表れている。小説が人生に先行する生き方をする者への忠告ともとれる。

 最後はp145「親愛なる友よ、私が小説の形式に関してこれまで手紙に書いてきたことはきれいさっぱり忘れて、まずは思い切って小説を書きはじめてください、そう申し上げて筆を置きます。幸運を祈ります」と締めくくられるが、この著者にそういわれると、なぜか素晴らしい小説が書けそうで、ほんとうに書きたくなるから不思議である。
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# by gogayuma | 2005-01-22 04:15 | 文芸/小説作法

音楽ジャンルの前書き2 楽曲の感想とはいかなるものか

 書籍や映画のように☆評価を導入しようかとも迷ったのだけど、どれも☆5とかになってしまいそうなのでやめました。差をつけるために☆1が基準とかやっても気持ちよくないし。

 感想にケチつけたくなるところがあるかもしれない。作詞・作曲者の意図とは違う解釈だよ、という箇所もきっとある。気が付いたら教えてください。

 ただ、僕は正当な解釈ということに重きを置いていません。なぜなら、目標が批評ではないから。僕自身が楽しめる読み方、考えた結果として感じたこと、そういったものを大事にしたいからです。面白ければいいじゃないか、というスタンス。☆評価を導入しなかった理由でもあります。好きな曲だからこそ読んでみようという気になるのでしょうし。

 「こういう読み方もあるんだなねぇ」くらいの気楽さで読んでもらえれば幸いです。
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# by gogayuma | 2005-01-22 03:00 | 音楽/邦楽

音楽ジャンルの記事を書くにあたって 前書き1 著作権問題

 楽曲の感想を書くとなると著作権などの問題が絡んできます。後から面倒なことが生じる事態は避けたいので先に意見表明をします。

 感想の対象はメロディも当然含まれますが、僕が音楽的センス・知識に欠けるため歌詞が中心になります。その際、歌詞全体を載せることになります。楽曲は最初から最後までで一作品であり、途中を省くことはできないと考えるからです。

 そこで著作権との兼ね合いについて書きます。まず「転載」か「引用」かが問題となり、「引用」と判断された場合の争点は「必然性」があるかないか、という点に尽きるようです。はじめの問題点は歌詞を一行ないしセンテンスごとに分割するという形を取るので問題ないと考えます。次に必然性については前述した通りであり、これも問題ないと考えます。また、このblogの記事によって対象となった楽曲のアーティストおよびその関係者に何らかの実害が及ぶとは考えられません。販売を促進するとまでは言いませんが、少なくともメリット>デメリットだと思います。

 純粋な歌詞という点では随時他のサイトを紹介していきます。メインであるMr.Childrenに限れば幸いなことにchibowさんによる「雨のち晴れ」という有名なサイトがあります。Yahooにも「うたまっぷ」があります。当blogのメインは歌詞掲載ではなく、既に歌詞を知っている人へ向けた僕の文章です。主従関係から見ても、当blogにおける歌詞引用は十分に主に値するものだと考えます。

 もしJASRACから通達があるようであれば、その際に認可申請について検討します。法律の解釈がグレーで難しいところですが、今までの解釈であれば当blogでの引用は問題ないと考えています。いずれにせよ歌詞を扱うとなると現行の著作権法では何らかの問題点が生じると思います。承知の上ですが、根本的に悪意がないことをご理解いただきたいと思います。
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# by gogayuma | 2005-01-21 02:42 | 音楽/邦楽