カテゴリ:文芸/小説作法( 3 )

小説作法というジャンルについての私見

 多くの職業作家あるいはその見習いさん達は、小説作法の本を読んでも書けるようにはならないという。僕は小説家ではない。本当のところは分からない。だが、そうしたアンチ小説作法は、ポーズに過ぎないか、本当の天才か、本当のバカかのいずれかではないだろうか。小説作法に関する本は売れ続けている。作家はなぜ小説作法というジャンルを忌み嫌う(ふりをする)のだろう?

 考えてみた。

 100人いれば100通りの読み方、書き方がある。その延長にあるのはテクニック云々よりもむしろ作家としての精神論であろう。

 精神論など不要であるという風潮がいつの世にもあるが、いまの日本は「必要」派が大勢を占めているように思う。逆に言えば精神論、つまり哲学がないということである。哲学がなければ、テクニックはテクニックのためにしか存在しないことになる。金が金のために存在していた時代を思い出していただきたい。バランスの欠如が起こした悲劇を。技術は哲学から生まれてくるものであり、哲学を深めるためには技術が必要だ。いい作品は両者の釣り合いがなければ生まれない。

 小説作法の忌避は他人の哲学を学ぼうとしない姿勢ではないだろうか。バランスの取り方は一つに限らない。とすれば小説作法を遠ざけるという方法も考えられる。しかし均衡が崩れることを恐れるあまり他人を見ないようにすると、いつしか硬直した自分に気がつくだろう。柔軟体操としての小説作法は有効だ。しなやかに受け流す力こそが、深い哲学を育む母胎となりうるのである。

 優れた小説作法はその哲学を通して、読書の奥深い面白さを見せてくれる。
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by gogayuma | 2005-01-23 01:37 | 文芸/小説作法

☆☆ 小説作法『天気の好い日は小説を書こう』三田誠広

天気の好い日は小説を書こう―ワセダ大学小説教室
三田 誠広 / 集英社
ISBN : 4087471756


 芥川賞受賞者の作者が早大文学部で小説創作を教えていた時の講義録。通年講義の最初の数回だけが収録されていて、作者も断っているとおり内容は基礎の基礎の基礎。小説作法の入門書という点では☆3つ半くらいの評価。具体例が多く分かりやすい。教え方は上手いのだろう。読み物としても楽しい。ただし特に目新しいことが書いてあるわけではなく素直に感動できるのは中学生くらいまで。さらに言えば真面目な文学部生には不必要な内容。むしろ「GTO」や「高校教師」的な人生教師のノリが必要だろう。笑

 社会や時代というものを強く意識している作家である。意気込みは買うが実を伴っていない。その悲哀をあえて描こうとしているというのなら成功しているのだろうけれども。

 一点。花、和歌、歌舞伎、カラオケなどを例に大衆的だが閉鎖的な「わび」「さび」の側面を持った芸術の効能を説き、私小説の奥深さにも言及するあたりの分析は面白い。
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by gogayuma | 2005-01-22 04:39 | 文芸/小説作法

☆☆☆+ 小説作法『若い小説家に宛てた手紙』 バルガス=リョサ

若い小説家に宛てた手紙
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas‐Llosa 木村 栄一 / 新潮社


「新・それでも小説家になりたい人のブックガイド」で☆3つという最高評価だったのを覚えていて店で見かけたときに買っておいた本。読んでみたらとても面白かった。フォークナーやガルシア=マルケスといった読まなきゃと思いつつ手を出していなかった作家への足がかりとしていい一冊になりそう。

 内容はまっとうな小説論。独自の語り口で小説ジャンルの構造を分かりやすく説いている。作品名を挙げながら話が進むので読んでいない作品は分かりづらいこともある。記憶に残りにくいというか。でも小説ジャンルへの熱い想いが直球で伝わってくるから言いたいことはなんとなくわかる。創作をする上で大事なのは小手先のテクニックなんかでは決してなく根本的な構造の把握だということ。言われてみればあたりまえのことなのだけれど、それをあらためて気づかせてくれるという意味で良書である。作家志望者に限らず僕みたいな小説を心から味わおうとする人にも大いに薦めたい。

 p24「記憶を通して小説家にもたらされる素材を、言葉によって組み立てられた小説という客観的な世界に変容させること」が真の創作活動だといい、そうして作られた小説に最も大事なのは説得力だとする。説得力を持っている小説は読んでいながら読んでいることを忘れさせ、架空の物語世界が実在するかのように感じさせてくれるという。p64「すぐれた小説というのは大嘘に他なりませんが、そこに秘められているように思われる<真実>が作品からにじみ出してきたときに、本当らしく見えるのです」という小説観を出発点として話(手紙)は続けられる。そして実際に作品が説得力を持つのは作品内の諸要素がお互いにうまく働きあっているときであり、その要素とは、文体の適切さ(=一貫性と必然性)、語り手の視点(語り手の位置・空間の設定)、時間の視点(時間の流れ方・組み合わせ方)、現実世界に対する視点(現実レベル・現実との関わり方)、上記3種の視点の変化、入れ子箱(『千一夜物語』のようにあるエピソードの中で語られる別のエピソードという関係)、あえて隠されたデータ(空想による広がり)、通底器(前述した3種の視点のうち2つ以上が異なるエピソードの連結)、以上が全てであり知る限り語り尽くしたと述べている。

 リョサの努力型小説家像はP17「文学を志す人は、宗教に身を捧げる人のように、自分の時間、エネルギー、努力の全てを文学に捧げなければなりません。そういう人だけが本当の意味で作家になり、自分を越えるような作品を書くことのできる条件を手にするのです」という節に端的に表れている。小説が人生に先行する生き方をする者への忠告ともとれる。

 最後はp145「親愛なる友よ、私が小説の形式に関してこれまで手紙に書いてきたことはきれいさっぱり忘れて、まずは思い切って小説を書きはじめてください、そう申し上げて筆を置きます。幸運を祈ります」と締めくくられるが、この著者にそういわれると、なぜか素晴らしい小説が書けそうで、ほんとうに書きたくなるから不思議である。
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by gogayuma | 2005-01-22 04:15 | 文芸/小説作法